オオサカジン

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2009年02月17日

命尊し。

私は中華料理店を経営している。

オフィス街に近い処で店を出しているせいか、14時過ぎまではお陰さまで・・・って感じである。
今日もようやくピークタイムが過ぎ、一段落のできる時間となった。
一端店を閉め、夕刻からの開店準備の為、休憩後に仕込みに移る、いつもの流れだ。
その時、ガラガラガラ・・・と、扉が開いた。
あ・・・まだ、暖簾、出したまんまやった。
お客様がいらっしゃれば、勿論、応えるのが我々の仕事である。
     「いらっしゃいまっせ。」
     「豚骨ちょうだい。」
男は、ササッっとカウンターに座った。
     「はい、ありがとうございます。」
チャッチャッっと、いつもの手際で麺を茹でる。
スープを椀に注ぎ、チャーシューを乗せ・・・
     「お待たせ致しました。」
     「お。旨そうやな。」
麺を啜る音とお客様に笑顔を見るだけで幸せな気分となれる。
私は、暖簾をしまいに表に出た。
その時、悲鳴が聞こえてきた。
     「なんじゃ、こりゃぁ~!」
ガランガランと暖簾を落とし、振り返るとお客様が私の方を睨んだ。
     「ゴキブリが入ってるやんけ!」
一瞬にして血の気が引き、顔色が変わっていくのが解った。
こんな事があっていいのだろうか?
陳腐な漫画やドラマの世界だけだと思っていたのだが・・・。
     「も、申し訳ございません!」
     「何をやっとんねん!」
     「は、はい、スグに代わりの・・・」
     「は、早く!・・・早く出せ!
     「は、はい。」
     「浮き輪!」
     「・・・浮き輪!」
     「・・・・え?」
     「浮き輪や!」
     「は、はい?」
     「溺れてしまうやろ!」
     「え?ゴキブリが・・・です・・・か?」
男は、鞄から双眼鏡を出してお椀を覗いている。
     「今、助けてやるからな!」
私にはさっぱり状況が飲み込む事が出来なかった。
男は一回、双眼鏡を置いて、私に怒鳴りつける。
     「早くしろ!」
新手の嫌がらせなのだろうか?
     「もぅちょっとの我慢やからな!おい!お前、跳び込め。」
     「は、はぁ?」
     「俺、カナヅチやねん。今は、お前に頼るしかないやんけ。」
     「え?・・・え~~~~と。」
この人は一体・・・?
ノイローゼ?
病気?
何?
男はまた双眼鏡を手に取り、覗いた。
     「ウギャッ!!ゴキブリのアップ!」
     「あ・・・あの・・・。」
     「なんや!」
     「・・・・双眼鏡、逆ですよ。」
     「あ、あぁ。」
このおっさん、ほんまどないなっとんねん?
     「おい、何をボサッ!っとしとんねん!」
     「あの・・・お客様?」
     「もうええ!俺が行く!」
男はそっと割り箸をスープに付けた。
     「これに掴まれ!」
ゴキブリは箸に掴まり、外に救出された。
     「こういう時は、・・・おい!」
     「は、はぁ?」
     「人工呼吸できるか?」
     「え?ゴキブリとですか?」
     「そうや!」
     「い、いや・・・あの・・・それは、ちょっと・・・。」
     「役に立たん男やで。死んでしまってもエエんか?」
     「いっその事、死んで貰えると、うちとしましては・・・。」
     「お前、生き物の命をなんやと思ってるねん。」
     「じゃ、じゃあ、あなた出来るんですか?」
     「今は出来るとか出来へんとかいう話してへんやろ!命の尊さの話をしとんねん。こいつもな、この世に生を受けて、地道に一生懸命、地を這って生きてるねん。何を簡単に命を奪おうとしてるねん!」
     「は、はぁ?」
     「さっきからそうや。お前、こいつに恨みでもあんのか?何でもそうや!何でも見た目だけで判断して!だから、イジメが無くならへんねん!」
     「それとこれとは次元が違うじゃないですか。」
     「こいつが絶世の美女やったとしたら助けるやろ!」
     「え、えぇ・・・まぁ・・・ど、どうでしょ?」
     「お前はこいつに死んで欲しいんか?殺人鬼!」
     「いや、でもね、うち飲食店ですし・・・。」
     「飲食店?お前、こいつ殺して調理するつもりなんか?」
     「あのね、落ち着いて。」
     「だから、さっきも助けんと見殺しにしてたんやな。」
     「調理なんかする訳ないでしょ。」
     「『人の命は地球よりも重い』って、1977年日航機ハイジャック事件の時、福田首相も言ってたのん、知らんのか?」
     「・・・全然。・・・それ、ゴキブリやし。」
     「だから、差別すんな!言うてるんのんが解らんのか!命の尊さを教えたる。」
     「あの・・・お代も結構ですから。帰って下さい。」
     「何を茶濁してるねん。ま、聞け!命とはな皆平等やって教祖さまも・・・。」
あ・・・この人、宗教団体の人。
     「人間も動物も虫も草花も全て生きてるねん。その命を奪う権利が誰にあるというのですか?誰も殺してはいけないんです。」
     「・・・豚骨頼んだクセに。」
     「え?」
     「それ、豚を殺して作ったスープですけど。」
     「それは、それや。食物連鎖の一環や。俺が言いたいのはそういう事じゃなくて、豚は既にお亡くなりになられていた訳で殺された訳ではない。自然死されて他の生物の為に、我々に分け与えて下さったものや。」
     「無茶苦茶や。」
     「だから、命を無駄にしたらアカン!言うてるねん。」
     「・・・ほな、エエんか?」
     「何が?」
     「そのゴキブリ、ピクピクして死にかけとんで。」
     「まさに、虫の息。・・・やかましわ。」
     「ボサッ!っとしとれんと救急用具持って来くされ!」
     「・・・。」
     「早よ!・・・あ、あぁ!」
     「え?」
     「死んだ。」
チーン♪
     「お前がトロトロしてるさかい、死んでしまったやないか!今、ここに尊い命が亡くなってしまったんやぞ!」
     「そんな・・・大袈裟な・・・。」
男は、泣き崩れた。
     「・・・・カラアゲ。」
     「は?」
     「カラアゲにしてくれ。」
     「食べるんですか?」
     「そや。」
     「これを?」
     「人の話、聞いてへんかったんか。食物連鎖や。自然死されて他の生物の為に、我々に分け与えて下さるんや。こいつの命を無駄にするな!」
     「いや・・・それは、ちょっと・・・。」
     「まだ、解らんみたいやな。」
     「でもね、衛生上ね、飲食店なんですよ。ここ。」
     「だから、食べるって、言うてんねんやないか。」
     「警察呼びますよ。」
     「解らん奴っちゃなぁ~。もう一回、言うたる。ええか、人間も動物も虫も草花も全て生きてるねん。その命、ひとつひとつ大事にしていかなアカンねん。生きてる者全てが平等で誰もが命を奪う権利無いねん。」
     「・・・何、言うてもアカン。」
プ~~~~ン・・・・ピシャッ!
     「あ。」
     「おい、聞いてるんか?」
男は、頬をボリボリ掻きながら喋り続けた。
     「おたく、・・・蚊は殺してもエエんか?」
     「ん?」
     「説得力あらへん男やな・・・。」
     「え?蚊?・・・あ。」
     「おい、蚊は別やなんて言わせへんぞ。」
     「い、いや・・・その・・・あの・・・。」
     「命は誰も奪う権利無い。言うたな、お前。」
     「え、えぇ、まぁ・・・。」
     「どうするねん。ほんまは始めからイチャモン付けるんが目当てやったんやろ。」
ワァ~~~ッ・・・男は、その場に泣き崩れた。
     「待っとれ。スグ、警察呼ぶから。」
     「堪忍や。堪忍や。・・・エライ事してしまったわ~。」
     「解ったら、今回だけ見逃したるから二度とするんやないで。」
     「俺、生き物の命、奪ってもうたぁ~。」
     「こいつ、マジやったんか?」
     「死んでお詫び致します。」
     「え?」
     「ちょ、ちょっと待って。」
     「止めないで下さい。せめてもの償いを・・・。」
     「アカン。このおっさん、ホンマ、アカン。お手上げや。」
     「すいませんでしたぁ~~。」
     「・・・あ~ぁ・・・こんな事になるんやったら早く暖簾しまっておいたら良かった。」
     「すいませんでしたぁ~~~!」
     「・・・。」
     「あの・・・こういうノリはどうですか?」
男はケロッっとした顔で私を見ながら言った。
     「・・・のれん。」


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Posted by ながいまる at 03:00│Comments(0)楽描記
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